京都ゆかりの人たちの、京都にゆかったコラム。
第3弾も、こ/ことの記事でも登場してくれるモデルのはなさんです。
京都出身の彼女の、京都にゆかったコラムです。

こ/ことモデル
はなさん
フリーランスモデルとして日本全国で活動しているはなさん。 クールな表情や無邪気な笑顔など、魅力たっぷりのモデルさんです!
今年の冬頃、2週間ほどニューヨークに滞在する期間があった。
私にとってはじめてのニューヨーク。
今回はニューヨークで感じた、京都との不思議な共通点について書いてみようと思う。

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ニューヨークに着いて最初に感じたのは、思ったより空が見えることだった。
映画や写真で見ていたニューヨークは、高層ビルが立ち並ぶ圧迫感のある街というイメージだった。でも実際に歩いてみると、空が意外と広い。
マンハッタンの多くのエリアは碁盤の目のように整備されていて、通りがまっすぐ伸びている。そのおかげで視線が遠くまで抜け、ビルの間から空が見える。
大きなセントラル・パークを囲むように広がる街並みと、規則的な碁盤の目。
気づけば、頭の中には京都の街並みが浮かんでいた。
建物の高さはまったく違う。ニューヨークは上へ伸び、京都は低く抑えられている。それなのに街を歩いたときの感覚には、どこか共通するものがあった。

先まで見通せる道。
方角を見失いにくい街並み。
そして、空の存在を感じられること。
初めて来たはずなのに、どこか懐かしい。
それは観光地としての京都とニューヨークが似ているという話ではない。
街の骨格のようなものに、見覚えがあったのだと思う。

だからニューヨークを歩いているのに、時々「知っている街」を歩いているような気持ちになった。
そんな不思議な既視感が、ニューヨークにはあった。

なぜこの二つの街は、こんなにも似た形をしているのだろう。そう思い、少し調べてみることにした。
調べてみると、京都の碁盤の目は、平安京を造営時に、中国の都を参考に計画的に作られたものらしい。
整った区画にすることで、政治の中心としての権威を示し、物流や軍事、治水を整理しやすくするための都市設計だったという。その後天正の地割と呼ばれる区画整理を経て今の京都の基盤ができているようだ。
一方でニューヨークは、19世紀の初頭の人口急増によりスラム化するのを防ぎ、衛生面や治安を管理しやすい整然とした街並みにするためや効率的な土地の売買と都市運営を目的とした都市計画によるものだそう。
背景は違えどどちらも街を整え、機能させるための形だったことが分かる。
ただ、実際に歩いたときの視界の感覚はかなり違っていた。
ニューヨークは冒頭にもあるように、高層ビルが立ち並ぶ都市なのに、通りがまっすぐ遠くまで続いているからか、意外と空が広く見える。
街全体が前へ前へと進んでいくような感覚がある。
一方の京都は、建物自体は景観法があるため低い。
視線は遠くへ抜けるというより、路地や建物の“奥”へ向かっていく。
一本横道に入るだけで空気が変わり、表通りの整然とした印象の裏に、細い路地や町家の奥行きが隠れている。
もちろんニューヨークも、一本通りを変えるだけで街の雰囲気は大きく変わる。
それでも、同じような骨格を持ちながら、街の表情はこんなにも違うのかと思った。

ニューヨークへ行く前は、京都の碁盤の目なんて当たり前の景色だった。
けれど遠く離れた街で同じ骨格を見つけたことで、普段見慣れている京都の街並みも少し違って見えるようになった。
旅先では新しい景色ばかりを探していたはずなのに、結果的に見直したのは京都だったのかもしれない。
ニューヨークで感じた不思議な既視感は、私に京都という街をもう一度見つめ直すきっかけをくれた。




